kn0617aaのブログ

文系科目ダメダメな中高生・浪人生のための英作文修行

オリジナル勉強風呂Gu 第511回 2022.8/11

百人一首No.89 式子内親王(しょくしないしんのう):玉の緒よ絶えなば絶えながらへば 忍ぶることのよわりもぞする

私の命よ、絶えてしまうのならば絶えてしまえ。もしこのまま生き永らえるとすると、この恋を耐え忍ぶ気持ちが弱ってしまうといけないから。

N君:「絶えね」は「連用形+完了ぬ命令形ね」であり命令形は用例として珍しいです。「もぞ」「もこそ」はこれまでも出てきましたが、懸念を表しており「~するといけないので」という女性特有の危険回避的な言い回しです。

I may as well die right now, at this zenithal love with you ; for I am afraid that I shall not be able to conceal our secret if I live on.

S先生:at this zenithal love with you「あなたとの恋の絶頂で」は持って回った言い方ですが、この歌にはかえってピッタリしています。女性からの暑苦しいほどの恋慕を表すにはこの zenith という単語が生きてきますね。ほかもまずまずです。セミコロンは接続詞のようなものなのでここでつかうのも悪くはないですが、別に普通のカンマでもよいでしょう。私の作文でもセミコロンを使ってみました。また heartrending「胸を引き裂くような」という形容詞で激情を表してみました。

Oh, my life, cease to breathe if you will ; for if I live on, I fear that I shall not be able to bear my heartrending love for you.

MP氏:If I live longer I cannot bear to hide this secret love.  Jeweled thread of life since you must break ー let it be now.

N君:MP氏の作品第2文が大問題です。強調のために break の目的語が前に飛び出してきたのでしょうか。そうだとすると、「宝石がちりばめられた命の糸をあなたが断ち切ってしまうに違いないから、今だけはそっとそのままにしておいて」となり、もともとの歌のニュアンスからかなり離れてしまうのですが、この解釈で良いのでしょうか。

S先生:これは難問ですね。私にもはっきりとは分かりません。MP氏に尋ねてみるしかありませんね。

K先輩:「声を出して歌う、踊る」という行為は昔も今も人を楽しい気持ちにさせてくれます。平安末期のこの時代、歌謡事情はどうだったのでしょうか。古代の歌謡=催馬楽(さいばら)があり、和漢の名句を吟じる朗詠があり、古代中国から伝来した散楽が庶民芸能と混じり合って生まれた田楽猿楽がありました。そこに新しい潮流としての流行歌=今様(いまよう)が生まれていました。たとえば「遊びをせんとや生まれけん 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さえこそ動(ゆ)るがるれ」とか、「仏は常にいませども 現(うつつ)ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁(あかつき)に ほのかに夢に見え給ふ」のような詩に節をつけて、後白河院は若い頃、朝から晩まで歌っていたらしい。あまりの執着ぶりに周りの者は「ちょっとおかしいんじゃないの?」と思ったそうで、兄崇徳もそう言っています。そのような批判を気にすることなく後白河院は今様を追求し、ついに梁塵秘抄を編集したのです。梁塵秘抄院政期に流行った歌の歌本としてとても貴重です。

洛東の南禅寺は大きなお寺で、室町時代に敷かれた五山十刹のさらに上に置かれた最上級の寺です。でかい山門があって500円くらい払うと登らせてくれるのですが、ものすごい急な階段なので危ない。安土桃山時代石川五右衛門がここに登って京都市内を見下ろし「絶景かな絶景かな」と言ったそうです。この南禅寺から北へ向かって歩いて行くと鹿ケ谷とよばれる地区です。1177鹿ケ谷の変ですね。藤原成親・西光・俊寛らによる平家打倒の謀議が発覚した大事件でした。黒幕は後白河法皇。謀議発覚により捕らえられた俊寛僧都(しゅんかんそうず)が喜界ヶ島に流された話は歌舞伎や能にもあるので有名です。ここから北の銀閣へ向かって西田幾多郎の「哲学の道」が続いています。このあたりは静かな山里で、見返り観音で有名な禅林寺永観堂があります。その境内に、先ほど話に出てきた「仏は常にいませども」の石碑があります。永観堂は春の桜・秋の紅葉ともに有名な寺なので、このあたりはシーズンになるとたくさんの観光客で賑わうのですが、春と秋を除けば閑静な土地柄です。近くに「日の出うどん」がありカレーうどんが有名です。私もいただきましたがが絶品でした。私は永観堂が好きでもうかれこれ10回くらいお邪魔しました。シーズンを外れた時期に行って畳の部屋に胡坐をかき、永観堂を紹介するビデオを何回も見るのが好きです。客がほとんど来ないので永観堂を独り占めしたような気分になるのです。このお寺はコンパクトな割りに色々と見どころが多いので観光にはよいと思います。実を言うと私は「鹿ケ谷界隈に小さな土地を買って庵を編んで住んでみたい」のです。庵で後白河院を思いながら、遊びをせんとや生まれけん、なんて唸ってみたいです。第465回に出てきた永秀法師のような飄逸な人間になりたいものです。

さて与太話が過ぎましたが、後白河院の娘が本歌作者式子内親王です。女性歌はいつも熱いね。恋や体重や着る服のことになると女性は熱い。恋も体重も服も自分自身のことであって天下国家のことではない。女性が流す涙を見て「これはなにかトンデモナイことが起きているんじゃないか?」という具合に男は心配するわけですが、一晩経てばケロリと忘れている、だから心配しなくてよい、騙されちゃあイケネエよ、と吉田兼好大先生が徒然草107段の中でおっしゃっていました。