帚木101:(左馬頭の言葉続き)世の常の山のたたずまひ、水の流れ、目に近き人の家居ありさま、げにと見え、なつかしくやはらいだるかたなどを、静かに描きまぜて、すくよかならぬ山の気色、木深く世ばなれてたたみなし、け近きまがきの中をば、その心しらひおきてなどをなむ、上手はいと勢ひことに、わろものは及ばぬ所多かめる。
しかし、世の中の当り前の山のたたずまいとか、水の流れ、どこにでもあるような家々のありさま、そういう珍しからぬものを描くとなると話は別です。誰もが目に親しいものなんですから、ハハァなるほどなあと納得できるように、なつかしくなごやかな風景などを静かに描き込んで、遠景には特に険しくもない里山の景色などを、木々がこんもりしていかにも俗世を離れた風情に点描し、近景には人里の垣根の内を描くについても、いちいちに特段の配慮や技法を用いたりしてね、本当の上手というものは、とりわけて筆勢が別格で、素晴らしい絵を描きます。こうなるとそこらの二流絵師などはとうてい足下にも及ばない、というふうに見えますな。
N君:On the other hand, it is difficult to paint rutine landscapes such as a nearby mountain, a stream and a casual row of houses. Familiar to everyone, these sights must be drawn so that everyone should take them to be true. Putting a calm, fondly-remembered scene on the background, the master draws the distant view of a rural hillside where the forest thrives as if the site were apart from the noisy world. With a special care and technique, he also draws the close-range view of a fenced garden attached to a manned hut. The prominent work painted by a true master is wonderful in terms of the driving force to depict the familiar scenes. At this point, mediocre painters seem to be far inferior to the master.
S先生:構成としておかしな所はないのですが、使うべき単語の選択について少しだけ注文があります。第1文の rutine landscapes ですが、ここの形容詞は rutine ではなくて familiar とか common がよいと思います。第2文の so that 節の中では助動詞should が使われることが多いですが、ここではもう少し柔らかく may にしてもよいと思いました。第2文末の形容詞 true は natural とか genuine のほうがしっくりくると思います。同じことを前回にも言いました。それからもうひとつ、take them to be true の to be は不要と思います。take+O+形容詞、take+O+as+名詞、take+O+to be+名詞 の形はあるのですが、take+O+to be+形容詞 の形はあまり見たことがありません。take things easy「物事を気楽に考える」。He took her remark as an insult.「彼女の発言を自分への侮辱と解釈した」。I take him to be a honest man. = I take him honest.「彼のことを正直な男だと思っています」。これを I take him to be honest. とは言わない気がします。以上をまとめると結局第2文は、Familiar to everyone, these sights must be drawn so that everyone take them natural. くらいに変えるのが良いでしょう。so that 節の中にある everyone をどういう代名詞で受けたらよいか考えた後で、以下に示した解答を読んでみて下さい。
On the other hand, when he draws familiar mountains, streams, and houses you can see anywhere, he finds it difficult to draw them accurately. Since they are well-known to everybody, he must draw them so that they will be satisfied. Peaceful distant wooded hills far from the everyday world and nearby gardens inside hedges must be drawn with special care and technique. A true painter has great ability with which he can draw superb pictures. Minor painters cannot compete with him.
N君:S先生第2文の so that 節の中にある they は、よく考えてみれば everybody を受けた代名詞ですが、everybody を複数扱いするのは変だと思います。
S先生:おもしろい所に気付きましたね。たとえば Everybody has made up their mind.「皆それぞれが決心した」という例文を見ると、has から考えて everybody は単数なのに、their から考えて everybody は複数です。変な感じを受けると思いますが、これで正しいのです。要するに、動詞は単数で受けよう、名詞は複数で受けよう、ということなのです。昔は their で受けずに his or her なんてやっていたこともあったそうですが、今ではほとんどの場合 their で受けているようです。Everybody was expected to bring their lunch.「皆それぞれ弁当持参ということになってます」も同じ例ですね。