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文系科目ダメダメな中高生・浪人生のための英作文修行

オリジナル勉強風呂Gu 第493回 2022.7/24

百人一首No.71 大納言経信:夕されば門田の稲葉おとづれて 芦のまろやに秋風ぞ吹く

夕方になると、屋敷の門の前の田んぼの稲葉を、ソヨソヨと音をさせて秋風が吹き、芦葺きのこの屋敷にも吹き込んでくるなあ。

N君:屋敷の門前の田んぼを「門田(かどた)」と呼ぶことを初めて知りました。

Rustling the ears of rice in an autumn twilight, a gentle breeze brings a comfortable cool to my reed-thatched humble house.

S先生:まずまずの作文です。the ears of rice「稲穂」ですね。humble を見て思い出したことがあるのでちょっと紹介します。英国の Bishop が作曲した「Home Sweet Home(埴生の宿)」の中に"Be it ever so humble, there's no place like home" という歌詞があります。「どんなに粗末なものであろうと我が家に勝る所はない」という意味です。Be it ever so humble は、However humble it is という意味です。この Be で始まる節の感触を味わって下さい。

An autumn evening breeze blows into my reed-thatched cot, rustling softly the leaves of rice in front of my gate.

MP氏:As evening draws near in the field before the gate the autumn wind rustles in the ripened ears of rice and the eaves of my reed hut.

N君:ここに draw「引っ張る」 が使われるのか、と驚きました。時が経過して夕方が近づいて来る、という感覚でしょう。自動詞です。大修館の辞書には The summer vacation is drawing near.「夏休みはもうすぐだ」という例文が出ていました。

K先輩:第477回で道長のいとこ四条大納言公任が「三事兼ねたる人」であったことを紹介しましたが、本歌作者の経信卿も「三事兼ねたる人=三船の才を持つ男」です。道長の時代から100年近く経って院政期に入り、白河院が舟遊びをした際に経信卿がわざと遅参して「どの船でも構わぬから岸に寄せて下され」と言い放ち、和歌の船に乗って素晴らしい歌を詠みました。この話は古今著聞集に出ています。経信卿の息子がNo.74源俊頼で「俊頼髄脳」の著者です。髄脳というのは精髄とかエッセンスの意になります。第491回にちょっと出てきた姥捨て山の話は大和物語のみならず俊頼髄脳にも出ています。大和物語では妻にそそのかされた男が自分を育ててくれた叔母を山に捨てるのですが、俊頼髄脳においては姪が自分を育ててくれた叔母を山に捨てます。話というのは少しづつ変化することが分かります。さて本歌についてはNo.83藤原俊成(No.97定家の父)が「これほどの歌たやすく出で難し」と称賛しています。私には難しいことは分かりませんが、第457回で言ったように、本歌は my favorite poem の第3位です。夏から秋へ移り変わる頃の夕方に、家の前に広がる田んぼの稲穂をそよがせて涼しい風が家の中に吹き込んでくる情景が目に浮かびます。東京や大阪出身の人には分からないと思いますが、私は超田舎出身なので子供の頃の感覚が呼び覚まされる気がするのです。盆を過ぎて夏休みももう終わるのに宿題の山が残っている。そんな残暑の昼下がり。甲子園の決勝も済んで、ああ今年の夏ももう終わりか、、、。宿題をやる気にもならず広い畳の座敷に寝っ転がっていると、サワサワと音を立てて少し涼しい風が吹き込んでくる。山下達郎「サヨナラ夏の日」が聞こえてきそう。あの少年の日々はもう二度と帰ってこないのだと、今頃になって悟りました。ちょっとしみじみとしてしまいましたが勉強の話に戻ります。

「夕されば」が問題なのです。「夕方が去って夜になると」ではなくて「時間が移り変わって夕方になると」が正解です。去る、ではなくて、移り変わる、です。MP氏の作品で自動詞 draw が使われていましたが、まさにこの draw こそが「夕されば」を忠実に表現している、と言えるでしょう。枕草子第184段「宮に初めて参りたるころ」の中で、中宮定子が新参女房の清少に「夕さりはとく」と発言する場面が出てきます。私ははじめ「夕方になったらサッサと帰っちゃっていいのよ」の意味かと思っていましたがこれは大間違いで、「時間が移り変わって夕方になったらはやくおいで」つまり「夕方になったら早目に参上しなさい」の意だったのです。これにはびっくりしました。もう一つあります。「おとづれて」は「訪れて」かと思っていたのですがこれも大間違いで、「音擦れて」が正解とのことでした。