帚木72・73・74:(左馬頭の言葉続き)わらはに侍りし時、女房などの物語り読みしを聞きて、いと哀れに悲しく心深きかなと、涙をさへなむ落とし侍りし。今思ふには、いと軽々しく、ことさらびたる事なり。心ざし深からむ男をおきて、見る目の前に辛き事ありとも、人の心を見知らぬやうに逃げ隠れて、人を惑わし、心を見むとする程に、ながき世の物思ひになる、いとあぢきなき事なり。
私なども子供時分に、女房どもが物語など読んでくれたのを聞いていますと、そのような悲しい物語がよくあった。すると何やら、心に悲しく響きましてね、この主人公の女もさぞ辛い思いをしたのであろうと、同情して涙など流して聞いたことでした。が、今思うのは、そういう女の行状ってものはいかにも軽はずみでわざとらしいやり方だ。だってそうじゃありませんか。夫はまだまだ深い愛情を持っているというのに、その夫を蔑(ないがし)ろにして、いかに目の前に辛い事があったとしてもですよ、夫の心などまるでわかろうともしないで逃げ隠れて、夫に気を揉ませようというんでしょう。そうやって夫の心を試しているんです。そんな事をするからしまいには一生の物思いをしなくてはならないような破目になるんです。なんというつまらぬ事でしょうか。
N君:As a child I often listened to sad tales in various stories which the ladies-in-waiting had read for me. The tale of the unfortunate woman, too, sounded sorrowful to me. With tears in my eyes, I listened to it and felt compassion for how serious her grief was. However, now I have come to consider her behavior as a rash one, in other words, a strained manner. I want to insist on this point. It is true that she faced a considerable grief, but she resorted to an extreme measure in spite of her husband still loving her. Her conduct is disagreeable in many aspects. She does not try to understand the husband's feelings at all, but she runs away, concealing herself. She conspires to keep him worried and tries to estimate his faithfulness. Such indiscreet conduct would result in a grave sadness of her lifetime. What an absurd way it is !
S先生:重大なミスはありませんが小さなことが色々あります。第1文冒頭の As a child 「子供のころ」の意を表す副詞句で、これでOKです。as はとても難しい単語で、品詞としては、前置詞・関係代名詞・接続詞の3種類あり、ここは前置詞です。前置詞as は基本的に「~として」の意なので、ここでも「子供として」がもともとの意なのですが「子供のころ」というくだけた感じの訳になっているだけです。前置詞の as の後には名詞が来ることが多いですが、そうとも限りません。中原道喜先生の本から例文を紹介しておきます。She thought of him, not as dead, but as living with angels.「彼の事を、死んだのではなく、天使と一緒にくらしているのだと考えた」。同じく第1文の listen to は「聴こうと思って聴く」です。これに対して hear「自然と耳に入る」なので、本文ではどちらが適当なのか、考えてみて下さい。ここでは両方あり得ますが、作文の時にこの区別をいつも意識して欲しい。第1文末の read for me の前置詞for ですが、ここは to のほうが良いでしょう。第4文の behavior は不可算名詞なのでこれを as a rash one として可算的に述べるのはまずいし、その後の in other words として言い換えるのはあまりにも大仰。そこで as a rash one を to be rash に変え、in other words を除外して and を置き、a strained manner という可算的表現もやめて単に strained にしましょう。結局第4文は However, now I have come to consider her behavior to be rash and strained. とします。スッキリしたでしょう? 第6文は It is true that ~, but ~「なるほどこれこれだが、実はこれこれ」というよくある意見主張型の言い方が上手に使われています。同じ構文として Now that ~, but ~ というのもありますね。それはよいとして、本文では It is true that ~ という具合に現在形で始まったのに、that節の中味や but以下が過去形になっていて具合が悪いので、faced を faces に変え、resorted を resorts に変えましょう。全体を現在時制に統一してスッキリしましょう。ちなみに resort to は「非常手段に訴える」の意であり、ここでは適切に使われていると思います。第8文以下は昔読んでもらった物語の中の話ですから過去形で書いてもよいのですが、このように現在形で書くことでイキイキとした感じがでますね。難しい言葉で「歴史的現在」などと呼ばれています。
When I was a child, I would often listen to the ladies-in-waiting reading such sad stories to me. I was so much moved that I shed tears in sympathy for the heroines who must have had the bitterest experiences. But now I know a woman behaves herself rashly and unnaturally. Ignoring her husband who still love her deeply, she leaves him behind and makes him worry without trying to know her husband's great affection. However painful she may be, such conduct cannot be forgiven. She is going to guess to what extent he loves her. As a result, she will have to live with worries. What an absurd life !
N君:僕の作文に比べてS先生の作文は、読んだ時にクセがなくてスラスラと頭に入って来る感じがあります。
S先生:小さなこだわりを捨てて全体を大きくとらえる、というスタイルが必要かもしれませんね。