2021-05-11から1日間の記事一覧
桐壺125:御うしろみだちて仕(つこ)うまつる右大弁の子のやうに思はせて、ゐて奉るに、相人驚きて、あまたたびかたぶきあやしぶ。 後見人のような形でお世話している右大弁という臣下の子というように見せかけて連れていったところ、この人相見の名人はたい…
桐壺124:そのころ高麗人(こまうど)の参れるなかに、かしこき相人ありけるを聞こしめして、宮のうちに召さむことは宇多のみかどの御いましめあれば、いみじうしのびて、この御子を鴻臚館(こうろかん)につかはしたり。 その時分に高麗人が来朝したことがあっ…
桐壺123:わざとの御学問はさるものにて、ことふえのねにも雲居をひびかし、すべて言い続けば、ことごとしううたてぞなりぬべき人の御さまなりける。 若宮が漢学などの本格的な学問に優れていたのは当然のこととして、その他の優艶な技芸の方面、琴や笛など…
桐壺122:今よりなまめかしう恥づかしげにおはすれば、いとおかしう、うちとけぬ遊び草に、誰もだれも思ひ聞こえ給へり。 この若宮が子供ながらすでに美男の色気のようなものを漂わせて、見るのもこちらが恥づかしくなるほどの容姿であったので、女たちは見…
桐壺121:御かたがたも隠れ給はず。 この他の妃たちもまだ幼い若宮から身を隠すということをせずにいた。 N君:この部分はどういう意味なのか考えてみました。平安時代の王朝の女性たちは、扇子とか几帳とかを使ってやたらと男の視線から身を隠すのが普通だ…
桐壺120:をんな御子たちふとところ、この御はらにおはしませど、なずらひ給ふべきだにぞなかりける。 この弘徽殿女御の腹には、一の宮の他に女の御子が二人あったが、いずれも若宮の美しさの前にはまるで比較にもならなかった。 N君:She had two other dau…