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文系科目ダメダメな中高生・浪人生のための英作文修行

オリジナル勉強風呂Gu 第160回 2021.8/25

桐壺100:このごろの御けしきを見奉るうえ人女房などは、かたはらいたし、と聞けり。

このごろの帝の御苦悩をお側で見聞きしている殿上人や女房なども、弘徽殿からの物音を聞くに堪えぬという思いで聞いていた。

N君:Aristcrats or ladies-in-waiting, who served near Him and knew His grief well, frowned at Kokiden's innocent sprees every night.

S先生:High-ranking noblemen and ladies-in-waiting, who knew His distress, were also listening to the sound with disgust.

N君:frown「しかめっつらをする」は発音注意で、自動詞・他動詞・名詞がありますが、ここでは自動詞で「~を見て聞いて顔をしかめる」の意となるので前置詞at がくっついています。spree「酒盛り、乱痴気騒ぎ」、disgust「嫌悪、反感」。

S先生:frown で思い出した故事成語があるので紹介しておきます。「顰に倣う(ひそみにならう)」です。むかし中国に西施という名の美女がいて、彼女は胸に持病があって、ある時むねをおさえながら顔をしかめて歩いていたら、その姿があまりに美しかったので、それを見た村の醜女が「自分もあのようにして歩いたら美しくみえるのかしら」と思って真似してみたけれど、全く美しく見えなかった、という話。「あとさきを考えず表面的なまねをしても無駄だ」の意ですね。ちなみに、越王勾践がこの西施をライバルの呉王夫差に贈って夫差を骨抜きにしてから呉を攻めた、という話もくっついています。さらにこの二人は「臥薪嘗胆」という故事成語を生んだライバル同士でもあります。明治中期の日本人の合言葉が「臥薪嘗胆」でした。1896~1897(M27~28)の日清戦争に勝利した日本が露独仏の三国干渉を受けて、やむなく遼東半島を清国へ返却したのですが、そのくやしさを胸に、当時の日本人全体が10年間の重税に耐え軍備を増強して、1904~1905(M37~38)の日露戦争へ突き進んでいったのです。2021の現在からみれば戦争は絶対悪ですが、当時はそんなことを言う人はほとんどいませんでした。正しいことは時代と共に変遷していくので、今の価値観で当時を評価してはいけません。後になって「あの時はあーだこーだ」と論評するのはたやすいことです。