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文系科目ダメダメな中高生・浪人生のための英作文修行

オリジナル勉強風呂Gu 第760回 2023.4/17

古文研究法124-3 大鏡より:さて後に、小野宮実資(おののみやのさねすけ)の御夢に、面白き花の影におはしけるを、(うつつ)にも語らひ給へりし御仲にて、(実資)「いかでかくては、いづくにか」と珍しがり申し給ひければ、御いらへに(義孝)「昔は蓬莱宮の月に契り今は極楽界中の風に遊ぶ」とぞ宣(のたま)ひける。極楽に生まれ給へるにぞあなる。かやうに夢など示し給はずともこの人の御往生を疑ひ申すべきにあらず。

そのあと小野実資大臣の夢に亡き義孝様が現れて、美しく咲いた花の陰に居たので、実資大臣は義孝存命中には義孝とは親しい間柄だったこともあって、夢の中で実資大臣が「君はどうしてこんな所に居るの? 今どこに住んでいるの?」と珍しく思って尋ねた。すると義孝様は「昔は宮中であなたと親しくお付き合いしましたが今は極楽世界で楽しく過ごしております」と答えた。きっと義孝様は極楽に生まれかわったのだろう。人の夢なんかに出てきて自分の極楽往生を示さなくっても誰も義孝様の往生を疑う者などいないのになあ。

N君:難しい文章でした。特に最後の2文は作者の感想であって、このように作者がひょっこり顔を出すので解釈がより難しくなります。ところで小野実資は日記「小右記(しょうゆうき)」の作者として有名です。小右記には道長の有名な歌「この世をば我が世とも思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば」が記録されています。「うつつ」は夢の反対語で「現実、この世」ですがここでは「義孝存命中の頃」の意でしょう。「御仲」は「実資と義孝の親しい間柄」の意。ここの「うつつにも語らひし御仲にて」の部分は挿入句のようになっていて、話の筋から一旦切り離して理解すべき部分になっています。このように古文では、筆者の感想やら挿入句やらの横槍がバンバン入って来るので、話の筋を見落とさないように気を付けなければなりません。筆者の感想の所に「~にぞあなる」とありますがこれは「~にぞあるなる」が音便化されたもの。終止形「ある」に付いたのは伝聞推定「なり」が係り結びで連体形になった「なる」です。「きっと~だろう」の意だと考えられます。最後の一文には筆者の義孝に対する悪意が現れているような気がして、僕は驚きました。そこまで言わなくてもいいだろう、と。日本人の嫌らしいところが出ているように僕は思いました。

Minister Sanesuke was on good terms with Lord Yoshitaka while he was alive.  One evening he emerged in the dream of Sanesuke.  Seeing him standing behind the flowers in bloom, Sanesuke said with a doubtful tone, "Oh !  Yoshitaka.  Why are you here alone ?  Where do you live now ?"  Lord Yoshitaka said, "I had an enjoyable time with you at Court before, but now I lead a tranquil life in another world."  I am sure that Lord Yoshitaka was born again in the paradice.  It is unnecessary for him to appear in the dream of another person.  Everyone will have no doubt of his peaceful death.

S先生:第2文は「ある晩義孝が実資の夢枕に立った」という内容ですが、冒頭の One evening に違和感あり、です。evening というのは「日没から寝るまでの時間」を指しますが、ここでは実資が寝た後の話をしているのですから、One evening ではなくて One night でしょう。また「夢に出た」は emerge とは違います。emerge というのは、たとえば海坊主とか防波堤が海面からヌッと現れた、のような状況を表す動詞で、A mole emerged from under the earth.  のように使います。「夢に出た」は emerge ではなくて appear でよいでしょう。第9文 Everyone will have no doubt of ~ は大問題です。日本語をそのまま英語に替えようとするとこのような間違いを犯します。このままだと「every の否定だから部分否定だろう」と受け取られ「誰もが必ずしも~の疑いを持つとは限らない」のように理解されてしまうでしょう。ここでは「誰も~のような疑いを持たないだろう」と言いたいのです。答えを見る前にどこがいけないか自分で考えてみて下さい。東大の文法問題に出るかもしれません。否定文ではできるだけ早い段階で否定語が出るように文を作るべきですから No one will have any doubt of ~ とすべきですね。N君にしては久し振りに大きな誤りでした。

One night Minister Sanesuke dreamed of the late Lord Yoshitaka who sat behind the flowers at their best in the garden.  He said in surprise, "Why on earth are you here ?  Where do you live now ?"  The Lord said, "I was very close to you while we were serving at Court, but now I live a happy life in Buddhist Paradice."  Surely he must have been reborn there.  But he need not to say so, because there is no one (who) doubts that he passed away in peace.