kn0617aaのブログ

文系科目ダメダメな中高生・浪人生のための英作文修行

オリジナル勉強風呂Gu 第480回 2022.7/11

百人一首No.58 :大弐三位(だいにのさんみ):有馬山猪名(ゐな)の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする

有馬山に近い猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がソヨソヨと音を立てるのですが、さあ、ソヨ、そのことですよ、お忘れになったのはあなたのほう、どうして私があなたのことを忘れましょうか。

N君:「いでそよ」って何だろう、と思っていたのですが、掛詞的な掛け声だったのですね。いろいろな手法があるものだと感心しました。

Young bamboos rustle gently when it breezes over the field of Ina near Mt. Arima.  It is not me but you who have forgotten our affair.  How on earth could I forget you ?

S先生:第2文の me は本来 I であるべきですが、今の英語では許されます。文法的に変でも慣用的に許される、ということです。第3文の文頭にある How を Why にしてしまう生徒が多いです。ここは理由を尋ねたいわけではなくて「どうして忘れることなどできようか、いやできません」という修辞疑問、もっと言えば反語なのですから How で良いでしょう。

Bamboo leaves make soft sounds when the wind blows gently over the field of Ina near Mt. Arima.  Ah, how could I forget you ?  It is you who have forsaken me !

N君:forsake「以前大切だった人との縁を断つ」。これは知りませんでした。

MP氏:At the foot of Mt. Arima the wind rustles through bamboo grasses wavering yet constant ー the way my heart beats only for you.

N君:MP氏の作品には「いでそよ人を忘れやはする」の部分を大きく変化させて意訳しています。「風が笹の葉を、波打つように、でも、ずっと続けて、鳴らしているが、その様は、私の心臓があなただけを思って拍動している様と同じだ」みたいな言い方です。ものすごく文学的です。

S先生:今回のMP氏の作品はすごいですね。その余韻に浸ったあとは前回の続きで日英ことわざ比べをやります。

(11) 海老で鯛を釣る→小魚で鯨を捕まえる:Throw a sprat to catch a whale.  日英ともに水産物というところが面白いですね。

(12) 魚心あれば水心→背中を掻いてくれたら僕も掻いてあげよう:Scratch my back and I will scratch yours.

(13) 親の七光り→影響力のある父親がいると子は幸せ:Happy is he whose father is influential.   印象的な倒置法ですね。軽いものは前、重いものは後ろ、です。

(14) 娘十八番茶も出花→何事にも盛りがある:Everything is good in its season.

(15) 一犬万犬→ヤギは一匹跳ねれば皆跳ねる:Goats, when one leaps, they all leap.

(16) 頭隠して尻隠さず→バカな駝鳥は頭を隠しただけで誰からも見られていないと思っている:A foolish ostrich buries his head and he thinks he is not seen.

(17) 悪銭身に付かず→風と共に来たものは水と共に去る:That which comes with the wind goes with water.   偶然手にしたものはすぐ無くなってしまうのですね。英語の勉強も同じで、コツコツやるしかありません。

(18) 艱難(かんなん)汝を玉とす→逆境は人を賢くする:Adversity makes a man wise.  この諺は山本有三著「路傍の石」のテーマでした。Adversity is the best school.  とも。

(19) 待てば海路の日和あり→我慢強い人は欲しいものを手に入れることができる:He that can have patience can have what he will.

(20) 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ→危険がなければ危険を乗り越えることもできない:Without danger we cannot get beyond danger.

K先輩:「いで」は「さあ」の意で勧誘・決意を表します。「そよ」は「そうだよ」「そのことですよ」の意ですが、「そのこと」とは何なのか? その答えは詞書(ことばがき)の中にあります。「離れ離れ(かれがれ)になる男の覚束無く(おぼつかなく)など言ひたるに詠める」とのことです。昔付き合っていたが今は疎遠になった男が、大弐三位に対して「覚束無く」と言ってよこしたので、大弐三位が本歌を詠んでその男に伝えた、というのです。「おぼつかなし」を古語辞典で引いてみると「曖昧だ、ふらついている、だから心配だ」と書いてあります。男は大弐三位の何が心配だったのでしょうか。「大弐三位の心変わり」が心配だったのです。そんな事はどこにも書いていないから察するしかありません。このあたりが古文の難しいところで、理系人間には無理があるのです。大弐三位紫式部の娘ですからさぞかし美人だったでしょう。この男が心配する気持ちも分かります。平安時代は、前1/3の弘仁貞観期~中1/3の国風期~後1/3の院政期 に分かれますが、紫式部は国風期のど真ん中ですから、大弐三位は国風期から院政期にかかる頃の人でしょう。その院政期は、藤原摂関家外戚としない久しぶりの天皇後三条天皇 の即位から始まります。国風期まで肩で風を切っていた藤原氏にもようやく陰りが見えてきました。後三条天皇は立派な人で、大江匡房(おおえのまさふさ)を登用したり、1069荘園整理令を出したり、宣旨桝(せんじます)を作ったり、いろいろ仕事をしました。しかしその息子の白河天皇は変人の横着者だった。早々と息子の堀河天皇に譲位して自分は上皇となり、1086院庁(いんのちょう)を開いて勝手なことを始めました。藤原摂関家に替わって、院近臣(いんのきんしん)と呼ばれる若手の中級貴族や武家出身者を集めて除目(じもく、役職任命の儀式)に介入し、知行国・院分国のような利権をむさぼったのです。要するに、甘い汁を吸う者が藤原摂関家から院近臣に替わった、ということです。本当かどうか分かりませんが白河院には悪い噂がたくさんあります。第1に「院はホモセクシュアルだった」という噂。美男子の中級下級貴族は院に体を売って受領に任命された、なんていう話もあるくらいです。第2に院は女好きでもあり「実は清盛は院が白拍子に生ませた子で、平忠盛は育ての親に過ぎない」という噂。第3は酷過ぎて口に出すのも憚られるのですが「後に待賢門院となる璋子(たまこ)と密かに肉体関係を結んでいたにもかかわらず、その璋子をこともあろうに自分の孫である鳥羽天皇中宮とした」という噂。鳥羽天皇の息子たち ー 崇徳、後白河、近衛 ー のうち、崇徳の実父は白河院だ、という噂は有名で、子供時代の崇徳は相当に心を痛めたと思います。もしそれが本当なら、鳥羽天皇から見て崇徳は叔父ということになり、鳥羽天皇は崇徳を叔父子と呼んで嫌っていたらしいのです。崇徳 vs 後白河 の争いとなった1156保元の乱も、もとはと言えばこのような生い立ちが原因かもしれず、白河院の罪は重大だと思います。白河院の口癖は「ここはワシの世じゃ」でした。

902+1069 荘園整理令:暮れには登録しようよ荘園を。

1086院政開始:入れ歯剥き出し院庁(いんのちょう)

1156保元の乱:兄弟喧嘩してもいいころ  崇徳と後白河

1159平治の乱:No.1vsNo.1ごくろうさん  義朝と清盛